八王子城(東京都八王子市元八王子町)

八王子城(東京都八王子市) 東京都の城

八王子城のデータ

城郭別名武州八王寺城
曲輪構成
縄張形態山城
標高(比高)445m / 240m
築城主北条氏照
築城開始1587年(天正15年)頃
廃城年1590年(天正18年)
改修者
城主・城代北条氏照
遺構石垣、曲輪、御主殿跡、堀切、井戸、竪堀
文化財区分

八王子城の遺構

八王子城の駐車場は広かったです。その駐車場近くの「八王子城跡」の石塔。

「史跡八王子城跡」。

案内板。

案内板。

説明板。

この近くに、登山用の杖が無料で貸し出されていました。

土橋。

土橋近くの空堀。

土橋近くの空堀。反対側。

歴史に触れる雰囲気には作られています。

角度を変えて、土橋近くの空堀。

鳥居がありました。

側面攻撃しやすそうです。それも上から。

空堀。

木の根っこが力強く張り出していました。

木の根っこも太すぎて、段差ができています。準備運動が必要です。足が釣りそうです。

比較的、整備されています。

方向の標識も助かります。

急斜面です。

多大な犠牲を覚悟しなければいけません。

急斜面の威圧。

夕方は、木々で影になって暗いです。

木の根っこたちの妨害。

写真ではそうでもないように見えるかもしれませんが急斜面。

「金子丸」
金子三郎左衛門家重が守ったとされる曲輪。

金子丸の風景。

ベンチの奥あたりが少し段状になってる部分でしょうか。

「金子丸」標識

「」反対側の撮影。

岩殿山城の岩・崖。

竹藪みたいな場所。

風景。

守兵目線してみました。

そんな斜面の角度は、こんな感じ。何も持ってない状態でも、登りたくないですね。

道になってないところは、ずっとこんな急斜面です。

登山客で道はできていますが、十分な準備と疲れのない状態で八王子城へ行きましょう。

「小林家震災死者慰霊祭之碑」

関東大震災関連でしょうか?

道はありますが、急斜面です。

地面を這って攻撃してくる兵士もいたのでしょうか。

堅城です。

見事な急斜面です。

「柵門跡」

詳細は不明らしいです。

柵門跡の周辺です。

ベンチあります。

尾根の一部にこういった開けた場所があります。

何か曲輪のようなかんじがしますよね。

階段っぽくなっていますが、すり減っていて登りづらいです。

ここで上から側射を受けそうなかんじ。

何かの石碑がありますが、何の石碑か分かりませんでした。

「邦井天界霊」の碑。

聖なる地としての八王子山への登山があって、そこで亡くなられた方へ向けてなんでしょうか。

読み取れない。

こんなところにも、何か。

石垣っぽくもなってます。

戦国期と関係あるのかは分かりません。

この地形が、今も保たれているわけです。当時は、もっときゅ斜面で、掘も深かったのでしょう。

迫りくる感じがたまりません。圧倒してくれるこういう斜面が好きです。

側面攻撃されそうな(できそうな)こういう場所も好きです。

「高丸 この先危険」で高まる僕をお許し下さい。

写真のこういう岩みたいなところ、滑るので注意しましょう。

夕方でしたが、方角によってはすぐ暗くなってきてしまいます。

遠くに見える山の峰々も美しいです。

圧倒してくれます。

西東京の方面でしょうか。

八王子市内かな。

町田方面だったかと思います。

丁寧に標識が存在します。整備されている方です。

八王子神社近くの八王子城の案内板。

上には八王子神社。

神社周辺は木が太いです。

八王子神社へ

八王子神社

八王子神社。お祭り時に使っていた建物でしょうか。

八王子神社の。

方角を見て、遠くの風景がどの街なのか分かるものです。少し壊れてしまっています。

本丸付近の急斜面です。

本丸付近の急斜面。

本丸跡

八王子城の歴史

八王子城築城まで

八王子城の築城は、1587年(天正15年)頃ぐらいと推定されています。
八王子城築城以前は、八王子付近の支城として、滝山城が存在しました。
1569年(永禄12年)、武田信玄に滝山城は猛攻を受けます。
滝山城は三の丸まで攻め込まれ、このとき北条氏は滝山城の防御力不足を痛感させられました。

現在の八王子近辺で国道16号線沿いの支城拠点の移動を考え、八王子山を選定。
尾根沿いに曲輪を配置し、石垣を利用した本格的な山城となりました。
あらゆるところで側射攻撃と縦深陣地を楽しめる山城です。

八王子城落城

豊臣秀吉によって関東の雄である後北条氏の征伐が始まります。
1590年7月24日(天正18年6月23日)、上杉景勝、前田利家、真田昌幸ら総勢1万5000の兵に攻められます。
対する八王子城の守備兵は、3000でした。
それも領内領民・女子供までかき集めての数でした。
八王子城代には横地監物吉信、家臣の狩野主善一庵、中山勘解由家範、近藤出羽守綱秀が指揮を執ります。
豊臣軍主力は、東の大手門・北の絡め手を攻撃。
堅城のため攻め手も1000程の死傷者を出すものの、八王子城は圧倒的な兵力差を前に半日で落城してしまいました。

氏照正室の比左、仕えていた婦女子らが自刃あるいは御主殿の滝に身を投げ、三日三晩、血に染まり続けました。
城代の横地監物吉信は城を脱出し檜原村に潜伏するも、捕縛され小河内村で切腹。
小田原城開城時に、八王子城主の北条氏照は、兄の北条氏政と共に切腹しました。

本格的な山城で急斜面の場所が多いです。
有名山城のため、方向標識・駐車場に困ることはありません。
駐車場近くの施設には、木の杖を無料で貸し出されています。

八王子城までのアクセス

電車で行く場合

JR中央本線・京王線「高尾駅」から霊園11「宝生寺団地行」で「霊園正門」下車。その後、徒歩19分。
八王子城の踏破は、最低でも2時間~2時間30分程度を目途にすると良いです。

車で行く場合

八王子城の入口近くに50台程度の小さな駐車場があります。
大型バスや障碍者用も入れます。

住所 東京都八王子市元八王子町
駐車台数 50台程度
営業時間 午前9時~17時(午後5時)。
料金 無料

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