枡形山城のデータ
| 城郭別名 | なし |
| 曲輪構成 | |
| 縄張形態 | 山城 |
| 標高(比高) | 標高84m / 比高58m |
| 築城主 | 稲毛三郎重成 |
| 築城開始 | 建久年間(1190年〜1199年) |
| 廃城年 | 不明 |
| 改修者 | |
| 城主 | 稲毛三郎重成・後北条氏 |
| 遺構 | 曲輪・土塁・堀切・竪堀・井戸 |
| 文化財区分 | なし |
枡形山城の遺構


稲毛三郎重成と内室の墓との説明文。


稲毛三郎重成と内室(宇都宮宗)の墓。


塔

枡形山城の北側から歩く。
道路脇に生えている矢竹のようなもの。

ここが北側の入口。

北側入口から。
整備されていることが分かる。

城北側の斜面。

矢竹らしきもの多い。

雰囲気最高である。

北側の斜面、なかなかである。

雰囲気よし。

頂上は枡形山城の主郭になる。

主郭部分は、公園になっている。

地域の子供たちも遊んでいる。

展望台

この日は、都合上閉めている。

展望台

枡形山城の展望台

枡形山城の東側に出る冠木門。

枡形山城の東側から主郭方向を見る。

ハイキングコース的な整備となっている。

枡形山城の東側斜面。
急斜面となっている。

ハイキングする人も多い。

枡形山城の東側斜面。
急斜面となっている。



斜面が急だ。

昔の飯室山・枡形山の地図。

飯室山についての説明文。

東側の櫓台のような場所からの眺望。

川越方向。

新宿方向。

遠くに東京スカイツリーが見える。

東側の櫓っぽい展望台の下部分(その1)

東側の櫓っぽい展望台の下部分(その2)

枡形山城からの眺望についての画像付き説明。

東側櫓台からさらに降りる。

階段の段差が大きくなり、急になっている。足元注意。

階段も急なため、傍の斜面も急なことが分かる。

城の東側、急な斜面で登れず殲滅されそうだ。

橋

前の画像を引いて見るとこんな感じ。

降雨の直後や翌日は、足元がぬかるんでいる。泥に注意。

緩やかな斜面から城に近づくと急斜面になり敵兵を阻む。

シダの派も多く水が豊富なことが分かる。

主郭は、とても広い。

主郭にある塀。

南西側に出る冠木門。

南西側の冠木門を見る。


南西側の尾根。


生田緑地に行く方向の道の傍らは、こんな感じ。

生田緑地の日本民家園。


南側の日本民家園へ歩く坂もなかなか急斜面。

枡形山城の南側斜面。


生田緑地の日本民家園。合掌造りかな?

スハ42型客車


客車の内部。


蒸気機関車のしくみ説明文。








D51-408


生田緑地「奥の池」







D51-408(その2)


生田緑地も整備されている。





枡形山城の歴史
建久年間(1190年~1199年)、秩父党の流れを組む小山田有重の子である稲毛三郎重成によって築城されたとされます。
永正元年(1504年)9月、山内上杉氏を討伐するため、北条早雲(伊勢宗瑞)と今川氏親が、立河原の戦いの前に枡形山城に入る。
廃城の明確な時期は不明だが、戦国時代末期には廃城になっている。
枡形山城までのアクセス
電車で行く場合
小田急小田原線「向ヶ丘遊園駅」から徒歩15分
車で行く場合
駐車場は、近隣にコインパーキングがいくつかあります。
生田緑地には、東口駐車場、西口駐車場があります。
枡形山城の北側から行くと、コインパーキングも少なくUターンするにも面倒になりやすいです。

