大庭城のデータ
| 城郭別名 | なし |
| 曲輪構成 | 連郭式 |
| 縄張形態 | 平山城 |
| 標高(比高) | 43m |
| 築城主 | 大庭景宗 |
| 築城開始 | 平安時代末期 |
| 廃城年 | 1590年頃 |
| 改修者 | 太田道灌・北条早雲 |
| 城主 | 大庭氏・扇谷上杉氏・後北条氏 |
| 遺構 | 曲輪・土塁・空堀 |
| 文化財区分 | なし |
大庭城の遺構

北東の住宅街にある入口から。

北東の住宅街にある入口(その2)

階段左側に、窪みのような場所。腰曲輪の凹み?

北の最も大きな曲輪へ登る。

城の北の曲輪の東側。
少し土が盛り上がっている。

北の曲輪の東側。

北の曲輪から真北を望む。

北の曲輪は東西に広い。

北の曲輪の西部分。

北の曲輪の西部分から南を見る。

北の曲輪と北から2番目の間にある空堀。ここには空堀の看板がある。左が北側、右が南側。

空堀の別角度。現在、空堀の深さは3m~4mはある。空堀沿いに土塁が盛られ、最高6m前後の深さとなる。

北の曲輪の空堀にある土塁。
現在、土塁の高さは1.5~2m程度。

北の曲輪から南東側を見る。
空堀が東側の崖まで続いていることが分かる。

北の曲輪と北から2番目の曲輪の間の空堀は、大規模なもので大庭城一番の見どころです。

北から2つ目の曲輪の、北側部分。空堀の南側にも土塁が設けられている。

北から2つ目の曲輪は、大庭城で2番目に大きな曲輪になる。
春には花が咲くのだろう。

北から2つ目の曲輪と、北から3つ目の曲輪の間にも空堀がある。
藪で空堀は、見えなかった。

北から3つ目の曲輪の西側には、こんな場所がある。

掘立構造物の柱跡。
石が置かれ、分かりやすい。

掘立構造物の1棟目。

掘立構造物の2棟目。

井戸跡?単なる水道関係?

大庭城についての石碑。
古くなっており読みづらい。

左側が1番南の曲輪?
下っていく。

曲輪と曲輪の間の空堀のような堀切のような場所。

曲輪?物見の曲輪のような小規模な場所。

緩やかな下り坂が続く。

下りながら大庭城の上部を振り返る。

大庭城城内の南側には、フェンスのある部分もある。

大庭城の最南端の出入り口。

大庭城の最南端の出入り口の横にある案内掲示板

大庭城の西側から見た遠望。
大庭城の歴史
大庭城の築城は、平安時代末期と言われている。
桓武平氏の流れを組む鎌倉氏の子孫である大庭氏が治めていた。
築城主は、大庭景宗と言われている。
大庭景宗は、大庭景親の父とされている。
扇谷上杉氏の時代に入ると家臣である太田道灌が大庭城を改修したとされる。
鎌倉と糟谷館の間に位置する大庭城の強化が必要となったとされる。
やがて大庭城は、北条早雲に奪われる。
北条早雲によって、さらなる改修を受ける。
しかし、玉縄城の築城から利用価値が下がり、小田原攻めで廃城となる。
大庭城までのアクセス
電車で行く場合
- 相模鉄道いずみの線「湘南台駅」→バス「藤沢駅北口」行きに乗車、「船地蔵」下車、南入口まで徒歩2分
- JR東海道線「藤沢駅」→バス「湘南台駅」行きに乗車、「船地蔵」下車、南入口まで徒歩2分
- JR東海道本線「辻堂駅」→バス「羽鳥山経由綾瀬車庫」行きに乗車、「城下(しろした)」にて下車し、徒歩5分
車で行く場合
大庭城の西側に駐車場があります。
| 住所 | 神奈川県藤沢市大庭5236 |
| 駐車台数 | 38台 |
| 営業時間 | 4月~9月:9:00〜17:30 10月~3月:9:00〜16:30 |
| 料金 | 無料 |
